学生時代から異性に対する興味が強く、好きな人がすぐにできる人もいれば、自他共に誰が好きなのかよくわからない人もいて、人を好きになるというのは、未だ解明されていない未知なる分野の多い感情です。個人差のあることゆえ、他人の挙げた正解が当てはまらないことも多々あり、自分の好意について理解するためには、自分自身の美意識や性格について知る必要があると言えます。

まず、はじめにお伝えしなければならないことが一つあります。それは、好きな人ができない体質というのは、存在しないということです。遅刻しやすい体質、メール返さない体質と、自分の苦手なことを体質と謳う方がいますが、体質という身体的な作用からそれは成り立っているわけではなく、そのように思い込もうとしている自分がいるだけです。負の自己暗示は自分の人生を狭くし、チャレンジ精神を奪い、結果を欲しがるわりに、それを得るための努力を怠る自分を許そうとします。そしてそれは、好きな人ができなくても、そういう体質なのだから仕方ない、と、あきらめる自分を正当化するための道具でしかありません。そのような意識を改めない限り、引き寄せの法則は常に好きな人ができない方へ働き、言うなれば、自ら赤い糸をプツンと切っているようなものです。好きな人ができない体質なのではなく、多くの場合、好きになるようなシチュエーションで異性と出会っていないだけということを知ることから、少しずつ新しい自分を見つけていきましょう。

現在、地球上には、70億人以上の人間がいるとされています。国際結婚をする人もいることを思えば、自分の運命の人が、たまたま同じ学校にいたり、同じバイト先にいたり、婚活パーティーにやってくるというのは、少々、虫が良すぎる話です。逆に、そのような環境で出会ったことで、運命の人へとなり得たと考える方が、自然に納得することができます。そういった出会い方をしたカップルや夫婦が、もし、全く別の場所で、別のシチュエーションとして出会っていたら、恋に発展していたかは甚だ疑問です。

このことを改めて考えてみると、人を好きになるには、好きになるためのタイミングやシチュエーションが必要であり、これを少しでもズラしてしまうと、赤の他人のまま、縁は流れてしまうという仮説が成り立ちます。そして、この恋心に発展するためのシチュエーションは、日常的な関わりの中ではなく、刺激的な状況であったり、意外性を伴った一面を垣間見たときに、心の隙間にスっと入り込むという性質があります。

心理学の有名な実験に、吊り橋理論というものがありますが、これは吊り橋の上のように、危険や不安を感じさせる状況を共に過ごした二人は、落下への不安にドキドキする興奮を恋愛の興奮と混同し、恋愛関係に発展するという説でしたが、この説はデートの定番である映画館や遊園地でも同じ効果を得られることから考えても、信憑性があります。

このことからもわかるように、好奇心を持って男性との接点を持ち、恋愛感情がなくてもどこかへ出掛けてみたり、様々な誘いに乗ってイベントなどに出掛けてみることで、同じ男性でも職場で見せる人となりとは別の顔が見えることで始めて、恋愛感情に発展する可能性が生まれます。そういった努力をしない女性にとって、ただの職場の同僚は、ただの職場の同僚のままですから、恋心が芽生えるシチュエーションを得られないのです。つまり、異性に惚れやすい人は、何においても積極的で、あちこちにふらふらする傾向があるので、意外な一面を見る機会が多く、さらに妄想の逞しさもそこにプラスされ、男性の良いところを拡大解釈する能力に長けているとも言えます。なぜなら、男性のスペックは変わらないのに、べた惚れする女性と何とも思わない女性がいるというのは、男性の魅力うんぬんではなく、女性側がどう観ているかの違いという解釈もできるからです。それは、同じ男性を見ていても、全く別の人間を見ていると言っても過言ではありません。人を好きになるために、最低限、近づかなければならない心の距離に、恐らく達してはいないのでしょう。

その原因は、男性を異性として意識しすぎていることや、嫌われたくない気持ちが大きすぎて、自分を出せずに強張っているため、男性にも緊張させ、それ以上踏み込めない雰囲気を作ってしまっていることが挙げられます。美人と言われるのに彼氏ができないと嘆く方は、このパターンに陥っていることが多いです。また、スポーツや芸術の世界で一芸に秀でていたり、長女で人に甘えるのが苦手な性格に育った女性も、男性に踏み込めないし、また踏み込ませない形をとってしまいがちです。この壁一枚を隔てた向こう側に、異性を好きになるやる気スィッチがあります。

男性の魅力を肯定する気持ちを備えていなければ、この世の全ての男性が通り過ぎたとしても、恋心は芽生えません。恋は盲目という言葉もあるように、恋するための眼力を持つ努力をしましょう。今は挨拶するだけの男性の中にも、運命の人に発展する可能性を持っている男性がいるかもしれません。いつもは通り過ぎるだけの不味そうな外観のラーメン屋が、じっくり腰を据えて食べてみたら、これまで食べた中で一番美味しいものだったというような民間の奇跡は、恋愛においても起こり得ます。また、そういう方に限って、電撃結婚で周囲を驚かせがちであることも、最後に付け加えておきましょう。